Ennyanja Nalubaale- ビクトリア湖

2012/11/10

キリマンジャロ登山 ~1st Day~


1900m Machame Gate  11:00
2400m Lunch         14:30-15:10
3000m Machame Hut   17:30

総歩行距離18km

Kilimanjaro is a snow-covered mountain 19,710 feet high, and is said to be the highest mountain in Africa.  Its western summit is called the Masai "Ngaje Ngai," the House of God.  Close to the western summit there is the dried and frozen carcass of a leopard.  No one has explained what the leopard was seeking at that altitude.

~The Snows of Kilimanjaro~ Elnest Hemingwey 

 マチャメゲートで入山手続きも早々に、歩き出す。「おじゃまします」。初めて来る友人の家で靴を脱いでそろえるように一歩目踏み出す。そこにはBlue Monkeyがボクらを出迎えてくれた。「神の家へようこそ」と。ボクらは静かな森へと足を踏み入れた。覚悟と畏怖とを抱きながら。


 頭上の木々は山を覆い隠す。雲は空を覆い隠す。だからというわけではないが、景色を楽しむというよりはガイドたちとのコミュニケーションに注力していた。彼らとの信頼関係なしには山は楽しめない。アウグストと登山靴が同じだった。それをきっかけに山道具の話で盛り上がった。彼らはボクらに「どの山に登ったことあるの?」と山での経験値を聞いてくる。こちらの力量を探っている。それが心地いい。



そうこうしているうちに、ボクらは昼食のポイントについた。その辺一帯でクライマーたちが食事をしていた。弁当を広げるパーティ、ポーターが用意してくれた椅子に座りくつろぐパーティ。そして何やら一番賑わっているポーター集団が目に付いた。彼らは歌いながらケマリのようなもので遊んでいる。「うわ~テンション高いなー。こんなポーターのところは大変だろうな・・・静かに登りたし」なんて思っていた。

 ボクらの食事をする場所はイスにテーブル、テーブルクロスまである見たところ一番立派なもの。「うわ~豪華」山での贅沢は「どれだけ余計な手間をかけ下界と同様なことができるか」だとボクは思っている。間違いなく贅沢だ。用意されていたお茶で体を温めながら食事を待つ。キリマンジャロではコックも付く。彼が一切の食事を用意してくれる。そうすると食事はあの一番にぎやかなポーター集団から運ばれてきた。昼食はフライドポテトと魚のフライだった。これがうまい。

 これから彼らのサポートを受けながら5000mを超えていく。

 物事とは、いつも思い通りにはいかないものだ。

 それから、2時間ほど登った、3000mのマチャメハットにこの日はテントを張った。




2012/11/05

キリマンジャロ登山~移動篇~


 加速する機窓の右手にビクトリア湖が見える。世界第3位の淡水湖だ。起点の町モシへと飛び立つ。フライト中、左手にはメルーとキリマンジャロがただ静かにそこにあった。ご存知のとおりキリマンジャロはアフリカ最高峰。メルー山はタンザニア第2位の峰だ。

 ボクは高ぶり、抑えられないものを感じていた。意気込むボクをよそにプロペラは回転を落としていった。

 キリマンジャロ国際空港に着陸すると、どこまでも続く地平が広がっていた。これが憧れ続けていたアフリカの大地。乾燥し、平らな大地が広がる場所。残念ながらウガンダではお目にかかったことが無い光景だ。ウガンダは赤道直下にもかかわらず緑豊かな丘陵地帯だからだ。大学時代の研究対象がタンザニアで、当時から憧れをもっていた。
 ゲートを抜けると旅行会社のスタッフが迎えてくれた。手にはボクの名のカード。「Kaito Ofuchix 4」。なんかカッコイイ。と思ったら「×4」ね。

そう、ボクらのパーティは4人。
ボク
光成(偽名)
コナン(偽名)
ユリ(偽名)

 ユリちゃんは山小屋でのバイト経験がある看護師。最も心強いメンバー。
 コナンは体は子供でも頭脳は大人でその知恵を活かして・・・ではなく、某国立大学野球部員でインテリマッチョ。体力はパーティ中No1だが筋量から一番高山病の心配があるメンバー。
 光成氏はメンバーの中、一番ひ弱(なはず)なのだが、高山病にならないというまさかの強みを事前登山のエルゴン(4321m)で見せつけ、メンバーからやっかみがられたダークホース。

 空港からモシタウンへは40分ほどの道のり。青空にキリマンジャロ峰がたたずむ。思ったよりタイラじゃない。google画像検索を今この場でしてもらいたい。ゾウやキリンが大草原でキリマンジャロを背にその生命を謳歌する。そんな絵が出てくるのではないだろうか。ウガンダに帰って知ったことだったが、その絵、実はケニア側から見たキリマンジャロなのだそうだ。
 どこかで見たことのあるキリマンジャロでなかったのは幸運だと思った。写真で見たことのある光景に出会ったならそれはもはや初対面ではないだろう?

 モシタウンで旅行会社へ直行。寝袋やトレッキングポールなどをレンタルする。そしてガイドと対面・ブリーフィングをする。ガイドの名前はアウグスト。物腰の柔らかい物静かな男だ。

 ブリーフィング後ホテルへ移動。それぞれのパッキングを済ませ移動の疲れをとるように床につく。ということはなく、前夜祭が始まる。「ウィスキールートだよ?」「ウィスキー買ってかなくてどーするよ?」と光成氏の発案だ。こういう時一番はしゃぐ最年長。

彼の口癖「人生で一回だけだよ?」。

そしてその夜の彼だ。これから5000mを越えようとする時にこんなことで大丈夫なのだろうか?



長く苦しくも、かけがえのない1週間が始まった。

2012/10/26

キリマンジャロ登山 ~準備篇~


 子供の頃から山登りは好きだった。大人になってアフリカ最高峰は5大陸の中でも一番登りやすいと知った。そのチャンスがきた。せっかくとなりの国ウガンダに行くのだから行かないわけ行かない。と同期のウガンダ隊員を赴任前の訓練中から口説いていた。

 キリ登山にあたって、の準備から7日目の下山までここに残しておこうと思う。キリマンジャロ登山を考えている人の参考になればと思う。

 まず、何より必要なのが旅行会社。コンタクトをとってこちらの人数や希望日程・ルートなどを相談する。旅行会社はゴマンとあるのでネットで希望のところを探すのがいいだろう。ちなみに私は以前登ったウガンダ隊の人に教えてもらったところにした。旅行会社によってガイド・ポーターの人数や装備のレンタルの有無などが違うのでよくよく選ぶのがよいだろう。ちなみにガイド無しで登っている欧米人を見かけたので、それも可能だと思う。

ルートはマチャメ(Machame)ルート。キリマンジャロで2番目にポピュラーなルートで最もポピュラーなのがマラングルート。マラングは5日で登って帰って来れるが、マチャメは最短6日。高度順応日が含まれるからだ。また、マチャメは通称ウィスキールートと呼ばれている。なぜならウィスキーを飲まないとやってられないほど寒いからだ。
山好きのメンバーが揃った?われらが登山隊。「キリマンジャロを楽しみたい!」と日程を1日多く取ることにした。

全行程は以下のとおり
1st day Machame Gate(1900m)-Machame Hut(3000m)
2nd day Machame Hut(3000m)-Shira Hut(3800m)
3rd day Shira Hut(3800m)-Baranco Hut(3860m) 高度順応日
4th day Baranco Hut(3880m)-Kranga Hut(3950m)
5th day Karanga Hut(3950m)-Barafu Hut(4560m)
6th day Barafu Hut(4560m)-Mweka Hut(3100m)アッタク日
7th day Mweka Hut(3100m)-Mweka Gate(1740m)

一般的な日程だと上記の日程の4th day と5th day が一緒になってBaranco HutからBarafuまで一気に上がることになる。

次に装備。私が使った旅行会社はレンタル可能だったので寝袋、テント、などの大型装備はレンタル、それ以外はほぼ手持ちした。
レンタルしたものも含めて装備は以下のとおり。

ー行動着ー
ニットキャップ
ネックウォーマー
フェイスサンガード
Tシャツ×4 
保温性ロンT×2
ソフトシェルジャケット×1
ストームジャケット×1
レインウェア上下×1
ナイロンパンツ(ロング)×1
サポートタイツ×1
保温レギンス×1
靴下(薄手)× 4 枚
靴下(厚手)×2枚


ーキャンプサイト着ー
チャコサンダル
フリース×1
マイクロパフジャケット×1
ロン T ×1
ナイロンパンツ( 7 分丈)×1
スウェット下×1
レギンス×1

ーギアー
登山靴
サングラス
時計
ハイドレーションパック
バックパック 30L
バックパック 50L
ベルト×1
タオル×1
ゲイター×1
ナイフ
ヘッドライト
インナー・アウターグローブ×各1
トレッキングポール

ー携行食・その他ー
粉ポカリ×4
ファーストエイドキット
 鎮痛剤8錠
 テーピング
 日焼けどめ
 タイラップ
 ダクトテープ
 毛抜き
 ポイズンリムーバー
 ハサミ
 バンドエイド
 ライター
 ガーゼ
 綿棒

ーカメラ類ー
ニコンF3
 18mmレンズ
 50mmレンズ
 モノクロフィルム×4

ソニーNEX5
 18-55mmズームレンズ
 13mmパンケーキ
 予備バッテリー×4
掃除用品

これにプラスして下山後の服が必要。
この中で使わなかったものはなかった。もしあるのであれば、テルモスがあるとよい。特にアッタク時は寒い上に、酸素が薄いために消化器の機能が低下する。なので、お腹がはって少し苦しくなる。しかも、食欲がなくなる。アタックからキャンプサイトに戻ってくる10時間で、食べたのはM&M一粒。水とポカリは入ったが液体以外口が食物を受け付けなかった。暖かい、甘い飲み物があると楽が出来たかもしれない。

荷物の量はちょうど良かったと思う。ただ、ポーターへ荷物を預ける際にダッフルバックをレンタルした。なので50Lのバックパックは置いていった。もし自前のバックパックに全部入れてポーターへ預けるなら70L以上のパックがいると思う。

お金に関しては旅行会社・日程によって違うので注意が必要だが私の場合$1200+チップだった。チップはこれまた旅行会社に事前に確認が必要だが、私はパーティ4人で登山者ひとりあたり$300弱かかった。

さて、いよいよ出発だ。

次エントリから旅日記風におとどけします。

2012/10/21

マラリア


になった。ちょっと古く7月の話なのだが・・・アフリカでは最もポピュラーな病気。人気があるからといって、あなどってよいものではなく悪化すれば死んだり、脳に後遺症がのこったりする怖い病気。

マラリア。せっかくなので経緯と治療方法をまとめてみたいと思います。

 ある日の夜に寒気がした。体温は平熱。
この日は風邪かと思い鎮痛剤を服用。

 2日目~3日目の午後まで、軽い頭痛。体温は37度程度。
この期間は鎮痛剤とパブロンを服用。3日目はあまりの治らなさに「風邪じゃないかも」とうっすら・・・
ただ、この時はアメーバウィルスなどの病気もありえると想定していた・・・

 3日目夜。頭痛がひどくなる。体温は38.5度。
マラリアチェックをすると、うっすらとポジティブの線が・・・
悪寒がひどくガタガタ震える。多分この時は40度を超えていたと思われる。
鎮痛剤を服用すると今度は熱くて仕方がない。布団をはぐ。寒くなる。布団をかぶる。熱くなる。この繰り返し。寝れない。

 
 4日目朝。頭痛はひどい。体温は39.2度。
この時点でマラリア確定ランプが点灯。チェックをすると見事当確。
しかし、意識ははっきりしているし、体も頭痛以外は問題ない。ピンピンしてる。「100m走に出て」といわれれば出れるぐらい。
といってもマラリア。病院へいって血液検査を受けたあと、支払いを済ませている最中に急に苦しくなる。立ってられない。吐き気が襲う。(嗚咽をもらしたのはこの時の1回のみ)
そしてすぐにベットに横になる。寒くて仕方がないが、看護師によれば脱水症状を起こしているので薬を飲んでも吐き出すだろうからまずは脱水症状をなんとかしましょう」と。点滴を3本(1.5L)入れる。

 私の場合のマラリアの治療方法は以下のようなものだった。
コアテム(マラリア原虫を殺す薬)を服用。8時間後コアテムを服用。
1回目のコアテム服用後、吐き気どめ、メフロキン2錠、鎮痛剤2錠を服用。
この間ずっと点滴が手の甲に刺さっている。
最後の方は暑くて汗をかくぐらい。

 トータルで病院に5時間強いて、体内に入れた点滴は3L。顔がむくんでむくんで。
病院から帰ってからは頭痛もなく。体温も平熱だった。

5日目以降は1日に1回4錠コアテムを朝に服用。これが9日目まで続いた。
7日目と8日目は頭痛があって歩くのも実はつらかったが、熱はなくすごした。

9日目以降はドキシサイクリン(抗生物質)という薬に移行。これが10日間つづいた。


 自業自得です。副作用の強い予防薬を飲むのをやめた自分が悪い。まあ、でも家族が死んだとか、自分がHIVに感染したとか。そんな夢を毎週みて精神的にやられるのも嫌だったし。ただでさえストレスのたまる生活環境なので。

おかげで献血できない人間になってしまいました。ちょっと献血すきだったんですけど。

仕方がないので、再発防止の対策をとるだけです。

ご心配をおかけしたみなさま、どうもすみませんでした。そして気にかけてくれたみなさん、ありがとうございます。

と、3ヶ月前にのこしていました。それ以降マラリアにはなっていません。

2012/08/11

先生冥利

 先週で2学期が終わった。


1学期に引き続き、メインで担当したのはP3(小学校2年生に相当)の算数。

期末試験の結果は平均点22点アップ!!
1学期の26点から48点までになった。

これは、私のおかげ。

いやいや、子供たちが頑張ったのが一番。

ここで、その要因を紹介する。

 まず、1学期が平均26点しか取れなかった外的な理由として以下のようなことが挙げられる。
・私の英語に子供たちが慣れていなかった
・同時に私も子供たちの反応、できる子、不得意な子がわからなかった
・私の授業スタイル等、手探りだった

 そして、今学期点数がのびた外的理由は
・私のスタイルが成熟し始めた
・そのスタイルを生徒が理解しはじめた
・生徒の反応がわかるようになってきた
 わからなくても、Yesというのがこっちの子供だが、本当にYesなのか、なんとなくYesなのか、NoのYesなのかがわかってきた。

 内的要因、つまり授業内容を見てみると、1学期は以下の単元のみしか授業でしなかった。
・ケタ、位
・3桁の繰り上がり足し算
・九九

 もちろん、その他に集合などの単元があったのだが、ルガンダで説明することが中心になる単元は同僚にやってもらって、計算中心の単元だけを回してもらっていた。そして、それは2学期も継続して割り振りをした。因みに2学期は時計の読み方、より高度な集合をやっていた。

 なぜ20点以上も平均点が上がったか。
それは今学期やった授業内容で説明がつくと思う。
・繰り上がりの足し算(4ケタ)
・繰り下がり引き算(3ケタ)
・繰り上がり掛け算(3ケタ)
・分数・分数の差し残・引き算(分母統一)

 四則演算しか指導していないのだ。
 逆に言えば、四則演算(特に繰り上がり・下がり)が身についていないということだった。これは、赴任してからすぐに「ケタ」の概念がないことが原因とわかっていたし、九九を暗記していないことも原因だということもわかっていた。ただ、効果的に「ケタ」を理解してもらう指導法をみつけるのに赴任後2学期間もかかってしまった。

 そして1学期にケタを2週間かけて、ペットボトルのフタを使って、じっくり指導した。
・白いフタ10個=赤いフタ1個
・白いフタはPlace ValueがOne's
・赤いフタはPlace ValueがTen's


当時繰り上がり足し算をしても一桁の欄に2つの数字が入っていることはざらだった。
例:
   3 2 5
+     9 7 
----------

                                                                                        3|11|12

っていう具合に。しかし、1楽器でこれが改善された。

 また、1学期の「ケタ」→繰り上がり足し算→2学期の繰り下がり引き算・繰り上がり掛け算とうまく「できること」がリンクできている。

 そして、今学期の期末テストではほとんどの生徒の四則演算の正答率が上がっている。(正確な数字はとっていないが、採点をした感じでは70%は超えている。)

 しかしつまづいた事もいくつかあった。これから課題となるのは分数と掛け算だろう。
分数について未だに教え方が見えてこない。「2分の1と3分の1どっちが大きい?」と聞いても、3分の1と答えてしまう。紙をつかったり水を使ったりしみたが、うまくいかない。

 掛け算に関してウガンダの指導では九九を暗記をさせない。いや、むしろノートの裏に九九が全部載っていて、子供たちは見ちゃうよね。だからもう一度、暗記をさせないといけない。なぜならテストにそのチャートはないから。3楽器は3桁の割り算があるので掛け算の暗記は必須なのだ。
この2つの課題をクリアしないと、「できること」のリンクがとけてしまう。そうなると、元の木阿弥。ここはふんばりどころだ。

 また、全6教科中、5教科で平均点があがっているものの、唯一英語が下がっているのが気になる。これは担当の先生に言っておかなきゃいけない。

 体感として、「なんとか身になりつつあるな」といったところ。
ん~やることが多い。が楽しみになってきた。